【球団名の変遷】 ・パシフィック(1946) ・太陽ロビンス(1947) ・大陽ロビンス(1948-1949) ・松竹ロビンス(1950-1952) 1952年、勝率が.300を切ると処罰を与えるというルールが設けられ、これは広島カープを対象にしたルールなのではという噂だったが、その広島は終盤に巻き返して.300を越えて処罰の対象外となった。しかしその裏で松竹が勝率.300を切ってしまい処罰の対象になり、同年オフに大洋と合併し松竹大洋ロビンスとなった。