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ヨハン・シュトラウス2世(子シュトラウス)の弟 ヨハン・シュトラウス1世(父シュトラウス)の死亡後、シュトラウス2世に作曲や指揮の依頼が集中するようになって多忙を極め、何度か危篤になるほど体調を崩したため、母親のマリア・アンナ・シュトレイムは、当時工学技師として働いていた次男ヨーゼフ・シュトラウスに代理としてシュトラウス楽団を指揮させることを思いつき、兄ヨハンもこれに同調した。 当初ヨーゼフはこの計画に猛反対したが、「シュトラウス家のため」と迫る母と兄の説得に折れて「もうこれっきり」という気持ちを込めて『最初で最後』という題名のワルツを作曲して1853年8月29日に初演したが、いくつもの新聞で「卓抜で、独創的、メロディアスなリズム」と評価され、ヨーゼフは作曲活動を続けざるをえなくなった。